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TOEFL導入案、最終提言に盛り込まれず

2013.05.31.11:21

教育再生実行会議の第3次提言が出まして、だいたい素案通り、TOEFL導入は後退した状態で終わったようです。
高校現場出身の委員のがんばりに感謝です。

そもそも今回の話は財界から出ているのですが
財界の意向というのは、だいたい、自由主義、エリート養成実力主義に傾きます。
上を引き上げようとするが、その他の上に上がれない人たちのことはあまり顧慮しない、という教育にならないよう注意しなければなりません。TOEFL導入はまさにその発想でした。

今までの英語教育が「知識」レベルに止まっていて「使える」形になっていないという批判には、一定の妥当性があります。
ただ残念ながら、「ではどうすればいいのか」という部分で、あまり知恵が出てきていません。
ネイティブスピーカー教員を増やせとか、教員の英語力向上、会話中心とかいいますが
「インプットを増やす」「インプットをアウトプットに結びつける」という原則が出てきて欲しかった。
そもそも、その必要なインプット量を満たし、かつ、それを使えるように持って行くための音読・シャドーイング等の定着活動を行うには、今の授業時間は足りるのか? ということを考えてみる必要があります。
つまり、「使える」ようにするためには、「読解」だけでよかった授業にくらべて、扱う英文の量は少なくならざるを得ないですし、難度も、読解だけに特化した時のようには、同じ授業時間では上に行けなくなります。

ですから、「今までより英語の難度は下げてもいいから、それを確実に言えるようにする」というならわかりますが、その英語の難度を下げず、それを読めるだけでなく言えるようにもしろ、というのは、授業時間を二倍か三倍にしないとありえない話です。
ですから、その英語の難度を大幅に上げてかつ言えるようにするというTOEFLのレベルがいかにむちゃくくちゃなものであるかわかろうというものです。

ごく平均的な人にとって、中学高校の六年の授業で、ようやく今の中学英語が「話せる」レベルに行く、というのが現実的な目標だと思いますので、それより上に行きたい場合は特別に英語を強化したコースを作るしかないと思います。
中学英語が不確かなまま、ずるずると高校でやたらに難度の上がったテキストを与えられて何もこなしきれないままムダに授業時間を過ごしてきてしまった人のいかに多いことか・・
中等教育では、いまの中学英語のレベルが確実に4技能的にできる、ということを達成してもらいたいと考えます。
その基礎があればその上にいくらでも伸ばすことができますから。

靜哲人『音声指導入門 音ティーチング授業DVD』

2013.05.18.11:07

これ、見ました。アルクから出ている学校専売品で、1万円します(^_^;
当然、校費で買うという設定なのですが。
セットで本もあります。

このDVDのポイントは、50分の高校を想定した靜先生のモデル授業が見られることです。

それと、個別で徹底した音声指導をする映像も入っています。

今まで音声指導をあまりしたことのない教員向けの内容だと思います。

「キーワードから本文を再生する」とか、「とつぜんディクテーション」など、『音読指導ハンドブック』などの本で知っていた活動を実際に見られたのでよかったです。

靜先生といえば「グルグル」ですが、この場面も相当よく見られます。
ただ、グルグルに関しては、これとは別のジャパンライムから出ているDVDの方が詳しいですので、グルグルにこれで興味を持った人にはそれをおすすめします。それを見ると自分でも使えるようになると思います。

英語教育政策にSLAの知見を反映させよ

2013.05.18.10:28

総理官邸による「教育再生実行会議」では、次のような意見も出ています。私もこの方向を支持します。

○ 「TOEFLを大学入試に導入」という提言については、TOEFLが、各段に難易度が高く大学入試で実力差が測定しにくいこと、受験料が高額であり「公平性」の問題があること、テスト設計が異なるため学校の英語教育が形骸化する恐れがあることから、「国産の英語力検定試験」を開発し、大学が選択できるようにすべき。


第7回 教育再生実行会議 配布資料 
資料1 大学教育・グローバル人材育成についての委員の主な意見
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/dai7/siryou.html

また「グローバル人材」については、八木委員の意見に聞くべきものがあるように感じました。
つまり、大学の多様化にあって、グローバル化はすべての大学に要求するものなのか、という視点と、グローバル化とは、グローバル化社会を良しとしてそこに適応するというより「日本文明の生き残り」としてとらえるべきだ、という視点に共感を覚えました。
なおこの視点に立つならば、Vivian Cook による multicompetence のコンセプトが有用だと感じましたが、これが一般にはまったく浸透していないのは残念に思いました。

つまり「日本語や日本文化がよくわかった上で、英語もできる」からこそグローバル社会でのアドバンテージがあるのだ、という視点に立たないといけないだろう、ということです。「英語ができる」だけが偉いのではありません。
八木委員を除いては、その視点が曖昧です。ですから native speaker fallacy が飛び出してくる。でも安倍首相が multicompetence を知ったら賛成するだろうと思います。
なぜかというとグローバルスタンダードとは「仮借なき弱肉強食の世界」なのですから、それは日本の本来的な価値観とはあいいれないですし、日本的価値がこれから世界に必要だということを英語で訴える必要があるのです。

英語と言っても、どういう英語なのか。グローバル化時代の英語というのは、英米のネイティブの英語のことなのか。リンガ・フランカとしての英語なのか。こういう問題意識が、グローバル人材の教育を語る会議からは欠落していたというのは残念でなりません。やはり、誰か応用言語学の専門家を入れて議論すべきだろうと思います。

この会議の委員は、あくまで英語教育については素人です。ですので、ネイティブスピーカーの教員を増やせば英語教育はよくなる、などという単純なことを言っていたり、「幼いうちにやらなければだめ」だの、一般の人がよく思っているステレオタイプな見方が頻出します。

つまりここで言いたいのは、SLAの研究成果が社会的な共有材となっておらず、まったくそんなものが存在しないかのように議論が進行しているという現状があるということです。
たとえば白井恭弘のさんの岩波新書『外国語学習の科学』をいちおう全委員が読んできてから話を始める、などということはできないのでしょうか。
既存の英語教育関係者は、既得権益者と見なされて排除されているのだろうと思いますが、金谷憲さんなど改革したいと思っている人はたくさんいます。しかしそういう人を掘り起こして委員に入れるというリサーチが足りません。

一方では、SLA関係者の責任も問われます。このように、素人集団によって英語教育改革の政策がどんどん進んでいるのに、手をこまねいてそれを見ているだけでよいのでしょうか。
つまり「語学習得についての基本知識というものがある」という認識が社会的に認知されておらず、そういう知識なしに素人が集まって語学教育についての方針を決めてもいい、という文化ができているということに危惧を覚えるわけです。

SLA関係者は、もっと政策にその知見を反映させるよう、行動するべきだと思います。

たとえば、英語教員免許にその知識を必須とするとか、そういう改革も必要ですし。

学界関係者は早急に意見を集約して、代表者が官邸か文部科学省を訪れて申し入れをするくらいの行動力を示したらいかがですか? なんのためにそういう学者がいるのか考えればそうなりますよね。

白井さんのスローガン、「多量のインプットと少量のアウトプット」というフレーズだけでも共有財産としてあるなら、だいぶ違ってくると思います。

その原則にしたがい、かつ日本の教育現場で実行可能な方法とはどういうものか、という具体論に入っていく必要があります。
具体的にはこのブログでも、過去に、

・多読などによりインプット量を圧倒的に増やす
・理解した英文を音読/シャドーイング等により定着させる活動をする
・音声面の指導をしっかり行い、音声を聞きまねることをメインの活動とする

ということを考察しました。
ネイティブスピーカーや一部のスーパー教師でなければできない授業法では意味がありません。誰でも少し研修を受ければできるやり方で、訳読ではない授業スタイルを研究していくことが現実的には非常に重要になります。金谷憲さんのグループの取り組みはその意味でもっと広まらないといけません。

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(2011/11/18)
金谷 憲、高山 芳樹 他

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大学入試に関しては、読解はセンター試験レベルまでで、それ以上に難しい英文を読めるようにするよりは、その分をほかの3技能に回し、高度な読解は必要に応じて大学で教育すればいいでしょう。大学入試が、リーディングのみを突出して難しくして4技能のバランスが崩れていることが問題なのです。ですからTOEFLはその意味でも混乱を増すことになりかねません。今のセンター試験を4技能バランス型に変えれば相当よくなるだろうと思います。それを国で作る方がTOEFL導入よりよいというのが私の意見です。

あとは英語教員養成の問題があるだろうと思いますが、それはまた別の機会に。

最後に。英語教育再生会議があれば、門田修平さん・金谷憲さんを委員に推薦します。(白井さんはアメリカ在住ですからねえ)。

中高英語教員の英語力の現状

2013.05.18.00:14

先ほどの経済同友会のファイルからです。

kyoin_eigoryoku.jpg
http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2013/pdf/130422a_02.pdf

730点で切るということ自体が調査としてはまだ不足では?
そのうち、800点、900点を取得した人はどのくらいのデータも欲しいところでしょう。

TOEFLの大学入試導入について

2013.03.24.12:05

大学入試、卒業にTOEFLスコアを求めるという方針が出されましたね。
本当に実施されるか、まだ願望論だけのところもありそうですが、実施されたら大学だけでなく日本の英語学習そのものを大きく変える可能性のあることです。
ここのところ大学ではTOEIC導入に動いていたので、TOEFLへの対応がまた必要になります。
問題はTOEICよりTOEFLの方がはるかに難しい試験だということですね。
TOEFL iBTは120点満点ですが、これの満点はほとんど不可能です。TOEIC990でだいたいTOEFL110点くらいでしょうが、あと10点が非常に難しい。
高卒者の英語力に大きな開きがあるので、一つの試験で全体をカバーすることが難しいです。センター試験だと上位が測定限界になってしまい、TOEFLだと下位層が測定限界になるでしょう。高卒者の下位2割くらいはほとんど0点になるかもしれません(スコアは何点か出るでしょうが、それは選択式だからですね。わかった問題はほとんどないという状態)。
為政者たちは上の層をのばすことを重点に考えていることは明らかです。TOEFL導入は上位校についてはメリットの多い話だと思います。正直言うと、この人たちは大学進学率が下がってエリート層しか大学に行かないという時代の方がよかったと思っているように見えます。例の田中真紀子の考え方もそうでしたし、それ自体には自民党も反対しなかったですね。(エリート養成をしたいのなら、中学高校段階で英語を徹底的にやる人とそれ以外に分け、後者は高卒までに英検3級くらいまでを目標にさせればいいのに、高校卒業までは平等主義なのです。大学受験段階で選別するのがいいのだ、という思考習慣があります。この平等主義によって、半分くらいの高校生にとって高校指導要領の内容は難しすぎるものになっているのが実態なのです)
ただ現実的に進学率が50%を超えるということは、大学はもはや「高校の次の学校」に過ぎなくなっており、高校がいろいろあるように大学もいろいろあるのが当たり前だ、という考え方もあるわけですが、どうも政治家たちはその考え方が嫌いのようです。

TOEFLのスコアを義務づけるといっても、その基準は大学に任せられるようです。そこで経営のために低いスコアを設定せざるを得ない大学も多いと思います。そうなるとスコアはどうでもいいから受けるだけ受ける、ということになって有名無実化する可能性もありますね。

いま大学ではカリキュラムに英語を必修にすることは義務ではないです。実際、他の外国語との選択必修だったり、外国語科目自体が完全に選択科目になっているところも少なくありません。ですから卒業要件に高いスコアを課すところは限られるでしょう。

ということでつまり、TOEFL導入は、「大学進学者を抑制する」方向に行く可能性があります。英語力が底辺クラスの受験生は大学に行きにくくなることは考えられ、下位層の大学にとってはますます厳しくなるでしょう。
「質の確保のためには大学がたくさんつぶれてもかまわない」というのが今の政府にある考え方のように思います。まあ、利害関係を離れればそれも理のあることではあるので、覚悟が必要ですね。うちも、公立大学法人化されるので多少は息をついていますが、多くの私大はますます大変になってきます。

ぶっちゃけ言いますれば、教育政策としては上位層をいかにのばすか、の方が国力の充実という点では重要なのです。ですから今の入試制度よりは、TOEFLの方が英語教育は改善するでしょう。
しかし、TOEFL受験者の数が何桁も違ってくるわけですが、それが実行可能なのか、ETSに相談したのでしょうかね。
実際にできるのか、が気になるところです。

試験そのものとしてはTOEICよりTOEFLの方がはるかにいいです。また難しいです。スピーキング・ライティングあるということでも違いますし、語彙レベルがTOEICとは違いますね。
最近、大学ではTOEICを軸にしてカリキュラムを作るところが増えていますが、TOEICからTOEFL中心へと日本の英語学習がシフトする可能性もあります。企業でもTOEFLスコアを見るようになってくるでしょう(TOEICはそもそもグローバルスタンダードではなく、日本と韓国以外では知られていない)。それ自体は良いことではありますね。

ただ、TOEFLの難度が高校の教育水準と合致していない問題はありますので、TOEFLではなくて、TOEICとTOEIC SWを使うという考え方もありそうです。すでにTOEIC中心になっている体制を大きく変える必要がないですし。
もっといいのは、ETSという米国の一機関に依存するのではなく、国がせきにんを持って、TOEIC・TOEIC SWにあたるようなテストを開発することではないでしょうか。

まとめれば、TOEFL導入はメリットもあるが、全受験生に課すにはレベルが高すぎるという問題があると言えます。
プロフィール

SH

Author:SH
東京大学大学院総合文化研究科出身。現在、地方の公立大学教授。第二言語習得研究・音声学等の知識をもとに25年以上にわたり英語教育に携わる。
TOEIC990点。
英語のほかいろいろな言語をやってみました。フランス語・ドイツ語・中国語も本を読むことはできます。現在は中国語とロシア語を学習中で、自分の外国語学習理論による多言語習得をめざしています。ハングル能力検定3級合格。

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