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英語教育雑感その2

2012.11.25.21:56

英語教育雑感その2です。

そもそも、日本の外国語学習については、漢文の伝統というのがあります。
漢文というのは、実際に中国人と話すのではなく(その機会はほとんどなかったのです)、膨大な書物を読んで知識を輸入するという目的でした。
外国語は読むためのものという伝統があったわけです。
明治以来、それはヨーロッパ語(英独仏)に変わりましたが、「原書を読むため」という目的は同じでした。
これは、旧制高校から大学へというごく一部のエリートを対象にした教育でしたが、よく機能していたのです。

戦後になって、英語教育の対象が国民全部に広がっても、この外国語教育のスタンスが維持されて、最終目標を「原書講読」においた教育システムができたわけです。
ですので、昔はこれが最良の英語教育だったのですが、時代が変わり、要請される英語力が異なってきても教育システムが十分に対応できてこなかったわけです。

それではまずいということで、文科省はセンター試験にリスニングを入れたり、コミュニケーション科目を義務づけたりして変えようとしてきました。ただ文科省は、会話ができるようになるためには会話の授業を増やすというような考え方があって、インプットの重要性に気づいていないようです。
それと、エリート層向けの教育内容を全国民に要求することの無理というのも、「平等主義」の立て前から認めていないので、そこにも歪みが出ています。全国民に要求するにしては、高校の到達目標があまりに高すぎるのです。カリキュラムの自由化、もしくは複数化、選択化といった施策が必要です。

ところで、「学校英語だけでは話せないから、英会話学校へ行く」という考え方は正しくありません。こういう考えの人が多いので英会話学校が儲かっていますが、こういう学校「だけ」で上達した人はあまりいません。
話せないのは、会話の練習が足りないという面ももちろんあるのですが、それよりまず、「インプットが足りない」からです。インプットをした上でアウトプットの練習をする、その比率は9:1か8:2にするのです。
で、アウトプットの練習は、ネイティブにこだわらず、フィリピン人のスカイプ学校をおすすめします。安くたくさんできますし、スクールを選べば発音もノンネイティブとして問題はありません。国際英語の時代ですし、専門知識もない「ただのネイティブ」にお金を払う必要はありません。

どうするかというと、「やさしいものを大量に読み、聞く」です。多読・多聴です。学校教育に欠けているのはこの要素です。ですから生徒・学生の人は自分でこれを徹底的に実践することをおすすめします。多読のやり方はいろいろ本が出ています。

もう一つ、やさしいのではなく、自分にとって適当なレベルの教材も使います。こちらは、和訳や解説がはじめからついているものにします。これは付属のCDを聞き、それをまねして音読する練習もしていきます。

その前提として、「英語の音声面についての基礎的な知識」を得るための本を勉強しておきましょう。できれば個々の音だけでなくリズムとか音変化なども説明してるのがよいです。それは完璧にできなくてもいいので、知識としてまず知っておくということ。それをいろいろな音読で実地に練習していきます。

このように、まとめますと、

1 やさしいものの多読・多聴
2 適当なレベルの読解・音声を聞く・音読する
3 音声面の基礎知識の習得

これがおすすめの学習パッケージとなります。多読だけとか、音読だけでできるという人もいますが、この三つをバランスよくやるほうがいいと思います。(瞬間英作文とか、修行系のトレーニングのみをがんばってやっても伸びますが、多読多聴を平行してやる方がもっと簡単に上達できます)
学校教育では2の「適当なレベルの読解」しかやってないというか、それだけで授業時間が終わっている状況ですから、理想にはほど遠いのです。

授業では対面でしかできない音読指導などに重点を置いて、和訳などは最初から配ってしまえばいいと思うのですが。それと3をカリキュラムとしてしっかり教える、音読を評価に組み入れる、授業外での多読・多聴をすすめる仕組みなどをすればかなり改善されるはずです。そもそも教科書にCDがついてないというのが信じがたいのですよ。

子供の受けている英語授業はどうなんだろう、と思ったら、そのノートの指導を見てみることです。ノートに和訳を書かせていたら、それは基本的にダメダメだと思った方がいいです。頭の中に残るのは日本語だけでなくて英語でなくてはいけません。和訳を覚えておいてテストを点を取っても意味はありません。(これは、和訳があるから即いけないというのではなく、和訳を作ることをメインターゲットとした授業となっているのはダメである、という意味です。詳しくは、下の安河内さんの本に出ています)

英語を教えるのが好きな人は中高の教員などにならないことです。学校全体でこうするというシバリがあって自由にできません。駄目な人が権力を持っていたりしてストレスがたまります。大学にするか、あるいは私塾などの方がいいでしょう。

子供の学校がダメらしいと思った人は次の本をおすすめいたします。

英語は音読で伸ばせ! 子どもを英語好きに変える、中学からの勉強法英語は音読で伸ばせ! 子どもを英語好きに変える、中学からの勉強法
(2010/12/22)
安河内 哲也

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音読中心で学校授業をいかに補完していくかというヒントが書いてあります。
もちろん大人がこれから勉強していくにも役立ちます。

それから、「やさしくたくさん」の考え方についてはこちらです。一読をおすすめします。

英語は「やさしく、たくさん」―中学レベルから始める「英語脳」の育て方 (講談社パワー・イングリッシュ)英語は「やさしく、たくさん」―中学レベルから始める「英語脳」の育て方 (講談社パワー・イングリッシュ)
(2003/12/12)
伊藤 サム

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プロフィール

SH

Author:SH
東京大学大学院総合文化研究科出身。現在、地方の公立大学教授。第二言語習得研究・音声学等の知識をもとに25年以上にわたり英語教育に携わる。
TOEIC990点。
英語のほかいろいろな言語をやってみました。フランス語・ドイツ語・中国語も本を読むことはできます。現在は中国語とロシア語を学習中で、自分の外国語学習理論による多言語習得をめざしています。ハングル能力検定3級合格。

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