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鈴木孝夫氏の英語教育論

2012.08.18.11:41

私は鈴木孝夫さんがけっこう好きなのですが、それは、これからの英語教育はどうあるべきかについて示唆的だからです。

簡単に言えば

・今までの英語教育は、英米のものを頂いて日本をよくするためのものだったが、これからは、日本のことを世界に発信していく英語をやるべきである。

・英語教育のモデルは、英米ではなく、国際語としての英語であるべきである。

・全国民に英語を義務づけるのはやめて、一部のエリートのみを徹底的にしごくような教育に変えるべきである(つまり、発信できる程度の英語力まで身につけるように)。

私はこれにほぼ全面的に賛成なのです。
「英語は必修をなくせ」というのもその通りですね。というのも前の記事で出てきたように、英語がある程度使えるようになるのは「2000時間」です。これは高校卒業後の数字なので、中学から数えれば「3000時間」になります。
それほど難しいものであるならば、これをやるかどうかはお仕着せではなく個々の選択にまかせるべきでは? と思います。
実際、できない人が必修だということで入ってくると到達目標を高く設定できなくなり、その結果、使えるようになるまで行く人は誰もいないことになるのは自明の理ですね。

鈴木氏はすごく英語のできる人なのですが、彼は「英語ができるようになるのはいかに大変か」を知っているのですよ。だから、それは全員に要求するのは無理だな、という発想になるのです。実際に英語ができるようになったことのない人は、そこまでいくのにどれだけ努力が必要かわかっていないから、簡単に考えるのですね。
週一回英会話学校に行ったからといってどうなるようなものでもないのです。

「特に必要がない人は英語をやらなくてもいいです」と言う勇気が必要なのです。

大学入試も、センター試験で基準点を示すだけにして大学独自の試験を禁止すればよいでしょう(韓国ではそうしています)。

あと鈴木氏の論で大事なのは「言語戦略論」的な視点です。つまり、外国語というのは政治でもあるということです。
どういうことかというと、自分の言語で押し通せる方が有利にきまっている、という当たり前のことです。英米人よ、そんなに得をして許されるのか、ということをもっと言わねばならないということです。ですので鈴木氏の英語論では、「日本語をもっと広めねばならない」ということがセットになっています。

これは「英語支配論」というテーマなのですが、鈴木氏の「イングリック」の主張はそういうことも視野に入れてのものです。
「外国語ができることはすばらしい」ではなくて、「外国語をやらねばならないとはハンディキャップである」というのが国際標準の発想だと彼は指摘しています。
なぜ日本人は素朴に外国語はいいと思うかというと、それは外国に占領されたことがない(沖縄を除いて)という幸福な歴史のせいなのですね。
ですので、英語については「必要悪」という視点で見る必要があるのです。

言葉のちから (文春文庫)言葉のちから (文春文庫)
(2006/11)
鈴木 孝夫

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プロフィール

SH

Author:SH
東京大学大学院総合文化研究科出身。現在、地方の公立大学教授。第二言語習得研究・音声学等の知識をもとに25年以上にわたり英語教育に携わる。
TOEIC990点。
英語のほかいろいろな言語をやってみました。フランス語・ドイツ語・中国語も本を読むことはできます。現在は中国語とロシア語を学習中で、自分の外国語学習理論による多言語習得をめざしています。ハングル能力検定3級合格。

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