スポンサーサイト

--.--.--.--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

TOEIC900なければ金とるな

2011.12.02.19:15

静先生のブログにこんなことが書いてあった。


Kyle's Kingdom: TOEIC 800なければヒトデナシ
TOEIC
  800なければ人でなし
     900なければ金とるな


解説: 人でない、はもちろん言葉のアヤだが、およそ800を上回っていないと、英語を話させても書かせても「まあまとも」な感じはしない、という程度の意味である。また900くらいはないと、ヒトサマからお金を頂いて英語を教えるのは基本的にはおこがましい。お金を払って(投資して)教えてもらう、レベルである。(以上引用)

ひえ~~
しかし、正論である(と、自分はいちおうクリアしているから冷静に反応できるが)。

しかし静先生も別の所で「英語教師の給料を5割増しにせよ」と書いているように、今の学校教師はそんなに魅力ある商売ではない。優秀な人は教師を志望しないことが多いという現実。900点あればもっと英語力を生かせる職業がたくさんあるからね。
部活の担当から外せ、とも静先生は言っていたが、部活顧問という名の下に長時間のボランティア残業を強いて、「教師なんてボランティアみたいなもんだ」と校長たちが言っているような世界だし。
しかも授業計画は基本的に横並び。基本的にやらねばならないことが決まっていて、テストも自分だけでは作れない。
そんな英語教師のどこに魅力がある?
私塾をやった方がずっとマシじゃん。

ということになるわけである。
かといって予備校もあかん。大教室でただ「講義」をするだけでは英語授業としてはいかんともしがたい限界がある。もちろん有益ではあるけれども、そのパターンしかできないというのもツライ。少人数でいろいろ「実技」をやらせることこそ授業としておもしろいのである。

また別の面から言えば、大学で英語を専攻してなぜに卒業までに900程度の点数が取れないのか?
そこにも大きな問題はある。
話は簡単だ。900以上を取れなければ卒業させない、ということにすればいいのだが、それだと卒業できない学生が大量に出るので、大学の経営が成り立たないのである。だから要件を設けない。
韓国の大学では英語専攻には850くらいの要件があるのは普通である。

あと、英文学みたいな学科も、英語力が900もないのでは文学なんてわかるはずがないのだ。文学がわかるにはリーディング満点の実力が必要だ。新聞くらい読めない人が文学を理解できるはずがないだろう。なので、英文学科というのは基本的に勉強として成り立っていないことが多いのが実態だ。外国語の文学研究というのはそれだけむずかしいのだ。東大京大早慶上智くらいのクラスの大学でないとそういう専攻自体が本当は成り立たないのではないかと思う。それで修士まで行ってなんとか、というような感じだ。(かと言ってこういう大学の英文学の先生は、私は文学を教えるのであって、英語は勝手に自分でやってこいという態度をとるので、こういう学科がおすすめかというとそういうわけではない)。
昔たくさんあった女子向き教養系の英文学科みたいなものはどんどんつぶれて国際なんとかという学科に変わっていることが多いが、実態はどの程度変わったのだろうか。
しかし、そういう英文学者の先生たちの気合いの入っていない授業とか入試問題によって英語教育に悪影響を及ぼしたのだからしかたがないともいえる。
というわけできょうは言いたい放題ですな(笑) 基本的に、900くらいないと金とっちゃいかん、というのは大賛成ということである。
関連記事

comment

Secret

プロフィール

SH

Author:SH
東京大学大学院総合文化研究科出身。現在、地方の公立大学教授。第二言語習得研究・音声学等の知識をもとに25年以上にわたり英語教育に携わる。
TOEIC990点。
英語のほかいろいろな言語をやってみました。フランス語・ドイツ語・中国語も本を読むことはできます。現在は中国語とロシア語を学習中で、自分の外国語学習理論による多言語習得をめざしています。ハングル能力検定3級合格。

このブログのコメントは承認制にさせていただいています。コメントの掲載については管理者にご一任ください。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
 
QRコード
QR
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。