スポンサーサイト

--.--.--.--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本語文法と古典教育

2010.04.07.00:02

はじめての人の日本語文法 (はじめての人シリーズ)はじめての人の日本語文法 (はじめての人シリーズ)
(1991/03/09)
野田 尚史

商品詳細を見る


これも読みましたよ。
なんか脱力してくる表紙ですが、中身はなかなか濃いです。
教師と数人の学生とのディスカッションという形式で進んでいます。

こういう日本語文法の知識というのは、語学教師だけでなく外国語を学ぶ人にも有益なので、学校でも教えればよいと思うのですが、なぜ学校の国文法というものはこれと違うものになっているのでしょう。
日本語教育の人はみな、学校文法はまったく使えない、という判断をしているみたいです。それはもうコンセンサスになっていますね。
ではなぜそういう使えない学校文法というものがあるのかというと、この本の著者は、「それは古典文法への導入として考えられている」と言っています。つまり、古典文法をもととしてそれを現代語に(むりやり?)あてはめて作られているそうです。ですので、古典文法との整合性はあるので(未然、連用、終止、連体・・とか)、それをやっておくと古典を学ぶときの準備となる・・ということらしいのですが。

古典文法の活用とか、そんなに覚えてなくていいんじゃないかと思うんですよね。古典というのは、現代語訳と対比して、これがそういう意味になるのか、と納得すれば十分だと思います。古文を与えられて、わずかな注釈だけでそれを訳せ、なんていう問題に答えられるようになる必要がどれだけあるのか。古文を、外国語みたいなノリで学ばせているわけですが・・ そもそも、私たちふつうの人々が読もうとするような古典作品は、必ず原文と現代語訳が対比されたテキストが出ているはずです。たとえば『新編日本古典文学全集』なんかで、これにも入っていないような作品を普通の人が原文で読もうとする、という事態はまず起こりません。現代語訳を見ずに古文を読める、なんていう古文読解力は、日本文学、国史などごく一部の専門コースに行く人だけでいいはずです。英語でさえ、「和訳先渡し授業」が導入されつつあるのですから、古典授業も、現代語訳との対訳で教えて、訳をさせていた時間が余ったら音読の練習をさせればいいと思うのですが。

・・でも、そういう学校文法を教えろ、と決められているのですから、国語の先生は勝手に日本語教育の文法を教えるわけにはいきません。公務員は大変ですね(^^;
関連記事

comment

Secret

プロフィール

SH

Author:SH
東京大学大学院総合文化研究科出身。現在、地方の公立大学教授。第二言語習得研究・音声学等の知識をもとに25年以上にわたり英語教育に携わる。
TOEIC990点。
英語のほかいろいろな言語をやってみました。フランス語・ドイツ語・中国語も本を読むことはできます。現在は中国語とロシア語を学習中で、自分の外国語学習理論による多言語習得をめざしています。ハングル能力検定3級合格。

このブログのコメントは承認制にさせていただいています。コメントの掲載については管理者にご一任ください。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
 
QRコード
QR
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。