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『英語教育熱』

2012.12.21.22:15

英語教育熱 過熱心理を常識で冷ます英語教育熱 過熱心理を常識で冷ます
(2008/11/26)
金谷 憲

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こちらの本を読みました(遅ればせですが)。
英語教育についてのエッセイのようなものですが、なかなか穏当、まっとうな意見が続きます。
かなり好感を持って受け取りました。

まず最初に、「中高六年間英語をやっても使えるようにならない」というよくある声については、「六年といってもその中身はどれだけのものか」と書いています。
中学一年、二年の教科書本文の全部がA3の紙一枚に収まってしまうそうです。
分量、時間とも圧倒的に少ししかないのですね。

ひとことでいえば、そもそも外国語の習得とはそんなに簡単なものではないということで、それは世の中にあるスキルの中でも最も時間のかかることの一つなのだ、という理解を持てているかどうかが大事なことなのです。

最後の方では英語教育についての提言をおこなっています。

その目標については

1.国民一般のレベルでは最低限、高校卒業時までに現行の中学3年間で習う範囲の英語(英検3級程度)の定着を目指す。
2.仕事上、英語を必要とする人々には上記の基礎力を踏まえて、より高度な運用力を身につけるような教育を実現する。(「高度な英語運用力」とは例えば、英検1級、TOEIC900点、TOEFL600点以上の英語力)(p.147)


このように言っていますが、これは私が日頃から考えていることとほぼ同じですね。
著者の次の言葉は、現在の英語教育の最大の問題点を鋭く突いていると思います。

しかし、国民一般レベルの目標や問題点と、仕事上英語を大いに必要とする人のレベルでの目標や問題点を混同すると、往々にして国民一般に過重な教育目標を設定することになる。その結果、簡単な英語でも定着しないという結果を招く。これを避けなければ中学、高校における適切な英語教育は行われない。現状では、高校でもアルファベットの読み書きができない生徒がおり、大学生の多くにとって、耳から聞いてわかる英語は中二の半ばくらいまでである。これは中学レベルの基礎力未定着を無視して、高校、大学と英語教育の内容を難しくしていく現在の英語教育カリキュラムが必然的に生み出している歪みであろう。 (p.148)


まったくその通りなのです。
私は自分の経験からも、中学はともかく高校の英語教育は大いなる問題を抱えていると感じています。つまり多くの生徒にとって高校の英語の内容は難しすぎるものになっていて、ほとんど理解できないままただ教室に座っているだけだったというケースが多数あるわけです。大いなる時間の無駄であったわけです(それでも卒業できてしまう、という日本の中等教育の仕組み自体が問題だと思います。大学への風当たりは強いですが、高校教育が卒業生の学力レベルを担保していないという問題はどうして誰も問題としないのでしょうか)。

金谷氏の提言通り、全国民に要求する到達目標は英検3級レベルであるべきでしょう。いや、4級くらいでもいいとさえ私は思っています。
3級といってばかにしてはいけないわけで、そのレベルの英文が読めて訳せるということではなく、その内容を即座に英語で言ってみろ、といわれて言える人がどのくらいの割合でいるのか、と考えてみたいですね。3級の英語がすぐに口をついて出るなら日常会話のほとんどはまかなえるわけです(語彙については多少補う必要がありますが)。
英語以外の言語にも同じように仏検、中検とかあってやはり1~5級までありますが、そこで3級が取れるというのはそうとうに頑張ったレベルです。そんなに簡単には取れないです。

しかし、3級レベルの定着を図った上でその上のレベルの英語を教えていく、という理想の姿を追求するには今の授業時間はあまりに少なすぎる・・ 3倍くらい授業ができるなら別でしょうが。
つまり、今の授業時間で達成するのは、一部の優秀な生徒を除いてほとんど不可能な目標が、全国民に対して設定されているという現状だということです。
なのでどうしても、「一般コース」と「英語特別コース」の二つに分けるなどの方策が必要です。それがないと、システム的に機能不全になってしまうのですね。
授業方法に問題があるとか、教員の英語力が高くないとかいう問題もあるのでしょうが、それよりも、これが最も重大な問題だと思います。

ただ、こういう教育政策が取れないのは、日本の文科省に強くある「平等主義」なのですね。
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シャドーイングについて静先生コメント

2012.12.05.01:24

靜先生は、「シャドーイングでうまくなった人など見たことない」などと言っていますが、まあ、「うまい人がシャドーイングをやるならさらにうまくなる」ということはあるんですね。もともと同時通訳トレーニングから出てきた技法ですし。ただ現実問題として、「まともに音読する」ことができないレベルの人がシャドーイングやってもいい加減な音しか出ないまま速くするだけなので意味ないってことを靜先生は言いたいのだと思います。まず、CD止めてテキスト見つつリピートで音読してちゃんとできるようになったら見ないでリピート、そしてテキストを見ながらシャドーイングなどど段階を踏んでいけばいいのですが、授業で「むやみに」シャドーイングをやればいいんだと一頃はやったのでそれを言っているんですね。
なのでシャドーイングがいいと言ってもそれはちゃんと音読ができるレベルの人の話で、大部分の人は音声の基礎知識が身についてない段階なので、やることが違うのです。靜先生は「むやみにやらせる」ことを批判しているのでシャドーイングそのものを否定しているわけではありません。ただ現実に私たちの出会う生徒ではシャドーイングをやるような段階ではない人が大半なのです。

思い込みのスキーマ

2012.12.01.02:00

靜先生のブログ、この記事は面白いので紹介します。

「ふつうの」人の思い込みスキーマの怖さ

たとえば、このような一般通念に対して、疑問を述べています。

ネイティブ・スピーカーの授業を増やすべきだ!
iPad(など)を使った授業は効果的だ!
英語を英語で教えるべきだ!
ディベートをするべきだ!
遊び感覚で楽しく学ぶべきだ!
会話中心の授業をするべきだ!
生きた英語を学ぶべきだ!
シャドウイングをするべきだ!




ただ、「間違いを訂正しないと上達しない」というのももしかすると通念的スキーマという可能性はあります。
特に文法項目に関しては誤り訂正は定着につながるとは限らないと言われていますし。
その辺は、靜先生に完全にはついていってはいないのですが、かといって、間違いを気にせず話せばいつかはうまくなるというのも、日本の環境では??の部分もありますから・・
真実は中間にあるのでしょうか?
プロフィール

SH

Author:SH
東京大学大学院総合文化研究科出身。現在、地方の公立大学教授。第二言語習得研究・音声学等の知識をもとに25年以上にわたり英語教育に携わる。
TOEIC990点。
英語のほかいろいろな言語をやってみました。フランス語・ドイツ語・中国語も本を読むことはできます。現在は中国語とロシア語を学習中で、自分の外国語学習理論による多言語習得をめざしています。ハングル能力検定3級合格。

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